聖夜狂想曲

      *YUN様、砂幻様のところで連載されておいでの
       789女子高生設定をお借りしました。
 


      




 先年のリーマンショックに引き続き、今度はドバイショックにより、前代未聞の不景気に陥った日本であり。どれほどのこと原油高が緩衝されても、高速料金が引き下げられても、宿泊関係はどこも経営難だと言われる中だというに。年末年始だからといって、いわゆる格安プランなんぞを組んだりしない。格のあるホテルだからこそ、付け焼き刃な方針転換を執らぬまま、胸を張っての丁寧な営業を続けておいでであるらしく。だからこそのそれだろう、従業員の方々の態度や所作ごと、口ぶりなどなど、建物のみならずのしっとりと落ち着いた佇まいは、今日が世間的にもにぎやかな聖なる夜の直前であることをふと忘れさせるほど。幅にも装いにもゆとりある通廊のところどこ、卓に飾った花器のみならず、坪庭を思わせるよな笹の茂みや手水鉢がいかにも小粋に配されてあり。間接照明の柔らかな明るさの中、さわさわというざわめきが静かに立っているだけの宿は、都会の喧噪とは微妙に空気が違っていて。さすがは広々とした脱衣場が 湯の花とはまた別口のいい香りがするとか、微妙に正規のチェックインの時間ではないからか、まだあんまり人の姿がない大浴場が豪勢な貸し切りみたいだとか。そんな何でもないことが、いちいち少女たちの好奇心をつついちゃあ、その胸をくすぐるタネとなる。

 「ここは“美人の湯”なんだそうですよ?」
 「え? ホント?」

 ホントホント、お肌とそれから血の巡りに効くんだそうで。普通は、温泉に来たからって言っても、油分を流されちゃうから何度も入るもんじゃないって言いますが、此処のはそういう心配が要らないんですってと。パンフレットにあった効能書きを昨夜のうちに熟読していたらしいヘイハチが、それらしくも人差し指を立てての振り振り、断言して見せたので。それは恩恵にあやからなくちゃと、まだまだ十分 新湯さえ弾けるお肌をした女子高生たちが、あわてて手のひらに掬った湯を、お顔にかけての祈るように洗いたてるのが、何とも微笑ましい態であり。

 「…にしても、キュウゾウって何で太らないかなぁ。」

 広々とした湯殿は、たいそう明るくて。腰を下ろして丁度いい深さの湯船に並んで浸かってた少女たちは、お互いの肌やら体の線やらへとついのこととて視線が及ぶ。過去に出会った折は、戦乱で擦り切れた心に鬱屈もたくさん抱えた、ちょいと年かさの男としてであったし、随分な騒乱の最中であった故、煤けたお顔や恰好をした姿しか記憶にはなくて。それでも鮮烈に覚えているのは、それは懸命であったり研ぎ澄まされてた視線の冴えや立ち居振る舞い、真摯であったればこそ誰よりも輝いていたからに他ならず。そんな存在が、今世では愛らしい女性としての転生遂げたその上に、若々しい華やぎをまとうての瑞々しい年頃迎えた、水蜜桃や杏もかくやという美少女揃いとあっては。それぞれの想い人のつれなさに、

  ―― あたしたちって、そんなにも魅力ないのかなぁ…

 若木を思わす かぼそい肩をなお萎れさせ、憤懣やる方なしという愚痴さえ飛び出す彼女らだったりするものの。実際の話、そこいらを闊歩するだけでどれほどの注目集めている各々であることか。

 「バレエ、長いことやってるんだもんね。代謝が違うんだろうね。」
 「……?(代謝って何?)」
 「キュウゾウがバレエ始めた切っ掛けって、訊いたことある? シチさん。」
 「? ん〜ん?」

 なんと、テーブルやタンスの上へ登っては飛び降りる遊びが好きだったんだって。おおお、それはまた…在りし日の血がさせたんでしょうかね。危ないけど辞めようとしないもんだからって、バレエ教室に通わせたら、あっと言う間に主役級を抜擢されまくり。

 「しかも、当人はそれほど主役をやりたいっていう欲がないじゃない。」

 といいますか、これだけは譲れないというものを、今の今まで一つとして持たないまんまでいた希有なお嬢さんであり。そんな子が相手では、ライバルとして意識したって暖簾に腕押し、柳に風。そうまでやりたいならどうぞと推薦という形であっさり譲ってくれたりする始末で、躍起になればなるほど無駄で見苦しいあがきにしかならず。しかもしかも、年が長じてゆくにつれ、冴えた美貌は中性的な印象を深めたがため、競争相手さえたちまち取り巻きにしたほどの威力を発揮。寡欲なシンデレラは、幸せの青い鳥がすぐ間近にいることに気づかぬまま、高校生になるまでを大方 呆として過ごして来たという。そんな無為をしたおして来たのへ、とうとう罰が当たったか。過去を思い出してからの反動は、結構大きく。主治医の兵庫があのヒョーゴなのだと判った(思い出した?)ことや、気の合う親友がやっと出来、何でも話せる、理解してもらえる、そりゃあ楽しい日々が始まったことはプラスだが、

 「でもね、キュウゾウ。
  お願いだから、勘兵衛様を怖い眸で睨みつけるのは辞めて。」
 「〜〜〜。」

 そうそう、忘れちゃいけない。前世での久蔵を彼らの仲間にした切っ掛けが“島田勘兵衛との刀での決着”だったこともまた、当然のことながら思い出せていたもんだから。今世でもまた相覲えた仇敵へ、どれほどのこと背条が騒いだか知れない…のだけれども。こちらもまた当時の絆を思い出した七郎次にとっては、掛け替えのない御主に他ならず。

 「もしかしてキュウゾウが女の子に転生したのは、
  勘兵衛さんとの決着をつけるって想い、
  諦めさせるためなのかも知れませんね。」

 赤毛を束ね、バレッタで留めてのうなじを出した平八が、柄杓にした手のひらにちゃぷりと掬った湯を首元へと流しかけつつ、そんな言いようを紡ぎ出す。何のことかと小首を傾げる久蔵は、どこか怪訝そうに眉を寄せていたものの、

 「だって考えてもご覧なさい。
  勘兵衛さんが年下の女の子へ本気で相対すと思いますか?」

 勘兵衛の職業は警察官なので…というのも乱暴な括りようだが、彼もまた一応は剣道を修めているそうで。しかも、結構な腕前であるらしいものの、だったら尚のこと、いくら前世の久蔵の強さを覚えてたって、本気の剛剣を出せはすまい。

 「そんな相手に勝ったって、キュウゾウも嬉しかないでしょう。」
 「〜〜〜。」

 む〜んと、難しい数式にでも当たったかのように小難しいお顔になった金髪の美少女へ。すぐ傍らから、こちらも明るい色合いの髪を上げて白いうなじを綺麗に出した七郎次が、そうそうと懸命に相槌を打って見せる。

 「第一、キュウゾウってば竹刀とか振れるの?」
 「〜〜〜〜〜。」

 どれほどの練達だったとしたって、それはあくまでも前世のお話。これまた今の今まで、固定されたレッスンバー以外を握りしめたことのない、いかにも少女の持ち物である すんなりと華奢な手や腕では、巌のように鍛え抜かれた男の膂力に、そうそう敵うものではなかろうて。せっかくの闘志に急ブレーキをかけられ、はぁあと遣る瀬ない吐息をつく久蔵だが、もしも周囲の女性客らの耳へ、今のやり取り届いていたならば、

  そんな物騒な話を何でするものかと、

 やはり怪訝に感じたに違いない。十代の微妙に未成熟な危うさと、切っ掛け次第ですぐにも加速がつきそうな成熟の兆しとの双方を抱えた、そりゃあ蠱惑的な魅力に満ちた美少女3人。その可憐さや瑞々しい華やぎへこそ磨きをかければいいものを、何でまた…どっかの壮年と立ち合いでの決着つけられないことへ、そうまで重々しい溜息が出るのだろうか。髪色が明るいのは今時にはさほど珍しいことでもないけれど、それを退けても目立つ彼女ら。ベビーフェイスの赤毛の君は、これでなかなか胸も大きく、魅力的な肢体をし。だってのに無邪気な言動が場を明るくし、居合わせた者の気持ちを軽やかなそれへと浮き立たせるムードメイカーで。けぶるような金の髪をした、あまり表情が豊かなほうではない細身の少女は、されど険のある風貌というのでは決してなくて。聡明というか透徹というか、夢見るような繊細さをまとった、冴え冴えとした麗しき容姿が、同じ女性であっても視線を奪われてしまうほど。そしてそして、そんな彼女らに負けないほどの、こちらさんもそりゃあ繊細そうな美貌の君は。どこもそこも嫋やかな線で構成された、やさしいお顔になよやかな肢体と。現実にこんな女の子がいたのだなぁなんて呆気に取られそうなほど、淡雪のような印象のする透明感に満ちた美人であり。お仲間から何を言われたものなやら、青玻璃の目許をたわめ、困ったようなお顔になって緋色の口許ほころばせれば。その清楚で甘やかな麗しさには、大きな窓からさし入る柔らかな陽光も霞むほど。それぞれがこうまでの美少女たちだっていうのにも関わらず、旅先の広々とした湯殿に和みながらも、気の置けない友人らと細っこい肩と肩とを寄せ合って、同じ悩みに小さな心、痛々しくも震わせていたりするなんてね。


  “ゴロさんのバカ。”
  “……。(ヒョーゴの馬鹿メ)”
  “勘兵衛様の甲斐性なしっ。”







     ◇◇◇



 さてさてこちらは。幼くも可憐な美少女たちから、いけずなおのこよと誹謗されてた男衆たち。それもまたお湯の効能か、ああまで腐されたのに くさめ一つこぼす気配もないようで。奥箱根の壮麗な山岳美を堪能できるパノラマ・ラウンジに上がり、マスター自慢のコーヒーなぞ頂いているところだったりし。小粋で洗練された立ち居振る舞いが板についてる医師殿は、連れの二人とは微妙に畑違いな存在のようにも見えなかないものの、

 「相変わらずの辣腕警部補であるようだの。」

 遅れておいでの蓬髪の壮年へ、彼とは結構な因縁もなくはない兵庫が、だがまあこちらも今じゃあ割り切れているらしく、純粋に“お気の毒に”という声をかければ、

 「なんの、儂なぞは単なる頭数だからの。」

 要領の悪いのが入っていることで、組分けが一緒になった若いのへ、迷惑を掛け倒しておるほどよと、鋼色の髪を背中までへと延ばした壮年殿が、苦笑交じりの言葉を返す。肩書だけなら、医者の兵庫に負けぬほど堅い職種に就いてる彼ではあるが。妙に重厚で存在感があり、且つ、躍動の気配を秘めた雰囲気は単なる壮年では収まらぬそれ。年齢に見合わぬ精悍な肢体は、デスクワークに留まらずの、現場で切れのいい体捌き、相も変わらず駆使していることを、言わずもがな呈しており。突飛な特権だの法外なコネだのを山ほど駆使して、破天荒な行動を…大活劇を繰り広げるだなんてのは、ドラマや小説の中だけだ、実態は役所勤めの公務員だよと。他でもないご本人が常からそうと口にしておいでの、七郎次の想いびと、島田勘兵衛 警部補殿だが。そんな彼が属すのは、どうもどうやら普通一遍の部署でないらしく。広域捜査とやらへの召喚を受けていての不在な期間が頻繁だし、空き巣の噂を丹念に訊き込みしていたかと思えば、そのまま少年たちの万引きや引ったくりの検挙に加わっていたりもし。なんだ、どんな捜査でも請け負うなんて やっぱり地域所轄の人だったのかと思いきや、それらをつないだもっと大きな企み、コンピュータ制御された様々なシステムを一斉にダウンさせての、交通機関や送電機構のマヒを狙った、ある種 立派なテロ行為。新聞やワイドショーを半月ほど沸かせたほどもの組織犯罪を、一気に召し捕ってしまったほどの大手柄において、警視庁と他県との合同捜査本部の主幹を、堂々と務め上げてたりもするのだそうで。

 “…と言っても、そっちは公には内緒のお顔だそうだが。”

 覆面捜査官なんてな代物じゃあない。調べりゃちゃんと所属も明らかだし、仏頂面した写真の貼付された警察手帳も持ってる御仁ではあるけれど、華々しい会見の場などには顔を出さずの、地道で地味な仕事のほうにばかり奔走している損な人。一番駆け回り、一番頭も使ってる人だのに。手足となる部下らもよく束ね、巧みに統括しておりながら、最後の詰めに当たろう逮捕状・捜査令状などなどの申請は上司へ委ね、自分は“はい それまで”とあっさりと手を引いてしまう。そのため、そのままちゃっかりと手柄ごと栄誉まで横取りされることもザラであり、彼の人性を慕う周囲がそんな運びや結果へ歯噛みするほど、出世や栄達にはさっぱりと関心を向けない、今時には珍しいほど至って寡欲なお人でもあり。なんの単に不器用だからだ、出世ってのは目指せばキリがない代物で、捜査や何や実務以外の采配として、あちこちへの顔つなぎだのも器用にこなせる、人脈確保へのマメさも要るもので。犯罪への勘がいいってだけじゃあ到底渡れぬ別世界だからね…なんて、訳知り顔で陰口を叩く者もいるけれど。

 “不器用ってのは当たっておるかな。”

 五郎兵衛が聞いたのが、遠い記憶のその始め、今のそれとどこかで似たよな環境に身をおいてたころの名残りの話。直接の戦さに身を削り、直接の仲間や同胞をあっと言う間に亡くすという、つらい苦渋をたんと飲んだ記憶がどうしても消えない。すぐ目の前で起きるそんな悲劇の数々を止めるため、出世や昇格、栄達をひたすら追って、上へ上へと上り詰め、こんな馬鹿な戦さなど止めさせればいいのだという、そんな選択もあったのだろが。規模も錯綜ぶりもあまりに大きく拡大していた、そんな戦線 畳むなぞ、ほんの一人分の一生で果たせることとはもはや思えず。せめて、大きな権勢にかかわりのある身分の者ででもあれば、一足飛びに高みへ上ってのそんな采配も叶おうが、当時の自分は一介の兵卒。せいぜい一個師団の司令官止まりと、先も知れていたものだから。ならばと、その腕の尋で出来る限りのことに尽力しようと構えての、実戦においては倒れぬ猛将で居続けたお人。そんな性分は今も健在であるらしく。自分でなければ出来ぬことへと、一意専心しておいで。深慮遠謀、粘り強い駆け引きや忍従。それらをこなす巧みさや要領というものを全て、直接関わる事件や案件へ傾けているお陰様、世渡りはてんでダメだし、そもそも関心が向かぬ。栄達なんて望まない。そんなして自分が去ったなら、現場の後任には誰が就くのだろ。それこそ要領を得ない、勘の悪いのが後釜に来たりしたならば、せっかくここまで育て上げた“特務チーム”の小気味のいい運用や連携が、台なしになってしまうだけじゃあなかろうか。

  そんなことをば案じてしまう、
  一生涯に一つことしかこなせぬ、不器用さんなものだから。

 こりゃあ、シチさんも焦れったいに違いない、と。構ってくれない想い人なのへ、自分の魅力が足らぬと大きに勘違いしたままの可憐な美少女、ついつい思い出してしまったそのまま、気の毒になぁと苦笑をこぼした五郎兵衛殿だったりし。

 『あの、幇間と一緒に後生を全うしたのではなかったのか?』

 いつだったか、彼ら以上に生き延び続けたと聞く軍師殿のその後を、兵庫から訊かれた五郎兵衛。当人は語る訳もなく、そうなるともう片やの当事者にしか、真実は判らぬままの彼らのその後。まだ記憶が曖昧だった七郎次にはあれこれ訊けずな頃合いで。だが…五郎兵衛には、何とはなく察しがついてもいたのだけれど。そうまで不器用で、何が負い目か自分の幸いを追いはしなかった勘兵衛だったこと、時折 七郎次が零してもいたようだったから。となれば…との推察はそうそう難しいものでもないというもの。わざわざ訊かずとも、相手のためを思ってと、無理から互いの心、引きはがすよな別れをしたに違いなく。

 “罪なお人なところくらいは、前世へ置いて来ればよかったにの。”





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   *もうちょこっと続きますvv


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